二十八

御誂11-1 訪問着(蛤に宇治十帖)

今回ご紹介しますのは、源氏物語をテーマにした訪問着です。

古典的、正統派の訪問着ですが、素敵な御誂主様が京ごふく二十八に御注文くださるのですから、単なる逸品着物には留まりません。まずは下絵から。霞ボカシは引き染めで染めるため、糊糸目は置きません。ですから次の糊置き職人さんが区別しやすいように青花で描いてあります。

 

 

図案は上前から「橋姫」、「宿木」、「夢浮橋」と繋がっています。胸柄は「早蕨」、出袖は「浮舟」です。このテーマを聞いただけでピンと来る方は流石で、今回の御誂主様にお目に掛かる前の私なら全く思い当たらなかったでしょう。ヽ(´ー`)ノ

これらのモチーフは全て源氏物語の最終章である「宇治十帖」に取材して図案を選別しており、それらを貝合わせで用いられる蛤の中に散らしています。なぜこのモチーフを選んだのかと言うと、今回の御誂主様が宇治市にご在住であるためです。またそもそものご出身が三重県桑名市であって、桑名の名産が蛤であるということから両方を掛け合わせた訪問着をデザインしています。このストーリーが決まった時点で、今回の着物の成功は決まったようなものです。お召しになった先々で、きっと楽しい話題にして頂けることでしょう。

実を申しますと今回のこのお着物、私にとって本当に感動させてくれるものがあるお着物になりました。

(裏側からの写真です。表は伏せ糊がしてあり柄は見えません。技術的なことで書きますと、他の写真もご参照になれば柄の周りがうっすらと薄い色に見えると思います。これは少しずつ染料が乾き始めたためですが、伏せ糊が水分を吸い取る分、柄の周りが先に乾いて行くのです。私が訪れた時には既に染め上がって数時間が経っていたため、ちょうど乾き始めた頃でした)

まずはじめに感動したのは、こんな美しい地色、柄色の源氏物語の着物は見たことがなかったからです。不思議なんですが、私がこれまで見て来た源氏物語の着物というのは地味なものが多かったです。若しくは年齢を狭めないような地色の傾向があったとも言えます。これは現代において源氏物語があまり一般的ではなく、呉服店で既成染めの訪問着を買われる中にあっても源氏物語を好んで求められる方が極めて少数であるからと言えるでしょう。源氏物語は何となく文学などを好んで勉強する方々のテーマという感じになっているように感じます。そうした現状であるからこそ、訪問着などは気軽に購入できるものではないですから無難な花がらなどを選ぶことになります。よほどの方でなければ雅楽の火焔太鼓文様や、琳派の鹿だとか、風神雷神など珍しい感覚の訪問着はお作りになりません。またそれゆえにそうした個性的な図案は、近年訪問着ではなく染帯に多く見られるようになって来ました。源氏物語はそこまで個性的とも言えませんが、花がらの着物に比べるとやはり少し趣味の世界に入ってきます。

江戸時代に友禅染が発展し、小袖の柄として源氏物語がよく取り上げられるようになりました。桃山時代などの縫い絞りではそこまで自由な柄の表現はできなかったのです。しかし江戸時代の取り上げ方は登場人物が持っていたお琴や琵琶、几帳などを景色の中にさり気なく配置して、見る側が物語を推察する、そんな洒落たものだったようです。その他にも和漢朗詠集ぐらいは知っていないと、小袖のテーマが何なのかうかがい知ることもできません。しかしながら時代が下がるに従って人物そのものが有名な場面とともに描かれるようになりました。ある意味それだけ見る側の素養が足りなくなったとも言えるでしょう。そして近年では源氏物語をちゃんと知っている現代人というのは極めて少数派ですから(私も全く詳しくありません!)、直接的に描かれていてもそれが何の場面で登場人物のどんな心情を表しているのか全く分からないのです。そうすると着物に描かれた場面を見ても単に「源氏物語だよね」というぐらいの感想しか持ち得ないから感動もないのです。

 

ところが!

 

今回、この着物が染め上がる途中を見ていて何故こんなに感動的なんだろうと考えましたが、この着物がすごく「語り掛けてくれる」からだと気づきました。こんなに「語り掛けてくれる」着物には正直出会ったことがありません。しかしながら何故こんなに着物が語り掛けてくれるのかと言うと、それは私に「読み取る力」ができたからです。この図案を創作するまでに、お客様と相談し、染め屋、下絵職人と相談しながら何度も描き直しをしてより良い着物になるように努めてきました。その過程で、何度も何度も物語を読み直して「このシーンはこの図案にしよう」なんて考えていると自然と物語を覚えてしまいます。

ストーリーは上前にある橋姫から始まります。薫が大君と中の君を垣間見て惹かれて行きますが、薫は恋い焦がれた大君とは結ばれることができませんでした。その後大君は亡くなってしまい、父に続いて姉まで亡くしてしまった中の君が阿闍梨から新年の習わし通り、蕨や土筆が入った籠を受け取るのが「早蕨」。そんな中の君を女房に迎え入れた匂宮が、中の君を琵琶で慰めるシーンが「宿木」。その後、薫は亡くなった大君に生き写しの浮舟と出会うのですが、匂宮と浮舟を奪い合うことになります。そして匂宮と浮舟が親密になった場面が出袖にある「浮舟」で、これをきっかけに浮舟は恋の板挟みになってしまい最終的に出家してしまうのです。これが右後ろ身頃「夢浮橋」の場面。

本当にざっくりしたあらすじですが、如何でしょう、ちょっとストーリーを知るだけでもその場面における登場人物達の心情を想像してしまうのではないでしょうか。

 

 

●「橋姫」:大君と中の君がお琴を弾いているシーン

柄周りの地色が少し薄い色に見えるのは、伏せ糊によって水分が吸い取られ乾きが早まっているためです。表は伏せ糊で見えませんから裏からの写真です。竹ひごは伸子。

 

●「浮舟」:こちらが匂宮と浮舟が小舟にのるシーン

 

 

さらにこの訪問着には隠れテーマがあります。それが総角(あげまき)です。ストーリーとしても「総角」というのがあるのですが、それはこの歌に起因します。

「あげまきに 長き契りをむすびこめ おなじところに よりもあはなむ」(あなたが縒り結んでいる総角結びのように、あなたと私が長く寄り添えるようになりたいものだ)

総角結びという結び方があるので、良かったらインターネットで調べてみてください。実際この訪問着において総角結びまで描いてしまうとテーマがはっきりせず、ちょっとごちゃごちゃした図案になってしまいます。そこで総角結びをするための紐だけを配置して、これを結び付けるのはめでたいご結婚式ならば花嫁花婿さんということになるでしょう。また源氏物語が象徴するのは昔から変わらぬ人間の「業」であり、それを円満に包み込むのが総角結びの代わりに番いでなければピッタリと合わさらない「蛤」であるとも言えるのです。

 

この着物がなぜ私にとってこんなに感動させてくれるのか。それは既成品には中々見いだせない美しい色柄とともに「語り掛けてくれる」着物だから、そしてなぜ江戸時代の人達が源氏物語や伊勢物語を表現する着物を作ったのか、私にリアルに感じさせてくれる着物だからと言えるでしょう。

大変素晴らしい着物を作らせて頂いてまして感謝感激です。有難う御座います!