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御誂え、その昔。

着物を御自身のためだけに御誂えする。

それは現代において、呉服屋でたくさん着物を買っておられる方々にとってさえ、あまり馴染みのある事ではありません。
しかしながらその昔、高級呉服のほとんどが御誂えだったと伝え聞いております。江戸時代には"御ひいながた"という筆で描かれた白黒のカタログのような物があって、注文の参考にしていたようです。

ではそうした御誂えの文化は、いつぐらいまで残っていたのでしょうか。

つい先日、西陣で長くきちんとした商いをしておられる御方に話を伺う機会がありました。その御方によりますと、

「昭和30年代までは間違いなくそうした文化が残っていた」

そうです。しかも現代の我々が考えるような御誂えとは異なって、呉服屋が承る注文内容は「○月○日、こういう御祝い事があってその時に着る着物、帯、小物を一揃い」という極めて大まかなもの。
どのような着物、帯を揃えるのかは色、柄、価格を含めて全て呉服屋に任されていたそうです。もちろん顧客の御好みは当然のこと、タンスの中身まで熟知して初めて対応できる事だと思います。

そうした商慣習の背景には、現代に比べると大らかな時代であったという事、昔の上流階級の方々は着物がどれだけたくさんあっても着る機会がある時代であったという事などがあったでしょう。

また現代でも初絹(はつぎぬ)という新年最初の縁起物の商品があるのですが、恐らく1990年ぐらいまで行われていた呉服屋の商慣習で、この初絹を顧客に了承も得ずにお送りしていたようです。また顧客もそれを当たり前として、お代もちゃんと支払ってくださっていたとのこと。
私もこの話を初めて聞いた時は、現代では全く通用しない商売ですし、お客様に無断で送り付けてお代も頂戴するなんてとんでもない!とは思いましたが、前述のような全てお任せの御誂えが存在していたのですから、初絹ぐらいは時代感覚として当然だったのかも知れません。
ちなみに初絹商品としては胴裏地などが採用され、その年に仕立てる着物にまた使ってくださいという意味合いを込めていたそうです。

とてもではないですが、そんな初絹や昔の商慣習は現代に蘇らせる必要もないですが、御誂え文化に関しては復活させるメリットが大きいと感じております。

なぜならば消費者の方々が、御誂えで着物をご用意してくだされば、高品質、低価格、ストーリーのある着物や帯を、制作の過程まで堪能しながら手に入れる事ができるからです。ただ、そうしたきちんとした御誂えは一度滅んでしまった文化と言っても良いので、現代の呉服屋で、染織の知識、技術、センスを有してきちんと対応できるお店となるとごく僅かだと言わざるを得ないでしょう。

また呉服業界の慣習にさえ縛られなければ、黒留袖、色留袖、訪問着の最高級品を非常に低価格でご提供する事も可能になるはずです。二十八(ふたや)は、これからそうした商売に力を入れて行きますので楽しみにお待ちくださいませ。

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この記事を書いた人
原 巨樹 (はら なおき)
原 巨樹 (はら なおき)

職人の後継者育成を目指し、2014年に京都で二十八を創業。京職人とのネットワーク、お客様とのコミュニケーションを通じて、世界でただ一つの着物をプロデュースできることが強み。 日々、呉服業界のグランドデザインを変えて行くために、京都、東京を中心に仕事をしています。

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京都でベンチャーの高級呉服店を経営。1980年生まれ、元海上自衛官。

Photo by HAL HOSHINO