訪問着購入のために、まず決めるべき5つのこと
訪問着を購入すると決めたら、呉服店やデパートの呉服売り場を訪ねることと思います。その際、呉服屋からよく尋ねられる質問が5つあります。この質問に対する答えをある程度準備しておけば、より良いお買い物になることは確実です。また、販売員からしても、店舗での接客は販売する機会であり、購入してもらうための説明はあっても、網羅的に説明することは難しいもの。
今回の記事では、それらに対する考え方をご紹介するので、呉服店でお買い物をする時のご参考になさってください。
訪問着購入のために その1【着用のシチュエーション】
購入する訪問着をどんなシチュエーションで着用したいか、より具体的に考えておいてください。またそのためにどんな訪問着が必要なのかも、ある程度検討しておくとより良いお買い物ができます。
訪問着をどこに着て行くか
人によって着物ライフスタイルは様々。冠婚葬祭や子供の卒園式や入学式を中心として訪問着を着る人もいれば、パーティなどでの訪問着着用が多い人、はたまた茶道などのお稽古事で着用する人もいるでしょう。
訪問着の中でも冠婚葬祭に着用するのは「準礼装」としての装いです。古典的できちんとした感じがあれば間違いないでしょう。パーティなどに装う訪問着は「盛装」と呼ばれるもので、いかに華やかに装うかということがポイントになります。茶道での訪問着は初釜など、華やかな訪問着が求められる場合もあるでしょうが、使い勝手が良いのは付け下げに近いような少し控えめの訪問着かもしれません。
訪問着と一口に言っても、シチュエーションによってふさわしい訪問着は異なりますので、その着用するシチュエーションを販売員に伝えるようにしましょう。着物というのは常に一長一短あるもので、控えめな訪問着はどこに出ても幅広く対応できる最も使い勝手が良いものですが、パーティなど参加者皆さんが盛装の装いをしている中では、少し寂しい訪問着になってしまいます。その逆もしかりで、皆さんが控えめな装いをしている中で、一人だけ派手な訪問着を着ているのも居たたまれないものです。着用するシチュエーションに優先順位をつけておきましょう。
訪問着とはどんな着物なのかを理解しておく
そもそもの話なのですが、あなたが本当に必要な着物は訪問着なのかを確認しておく必要があるでしょう。
訪問着と一口に言っても、柄は控えめなものから豪華なものまで様々です。呉服店の店員は単に絵羽(えば:着物の形をして販売されている商品)を訪問着と呼んでいますが、実はその理解だとお客様の買い物コストパフォーマンスは低下するのです。
よく比較される「訪問着と付け下げの違い」について、こちらの記事を読んでおけば惑わされることなく必要な着物を購入できると思います。
さらには長い文章ですが、こちらの記事を読んでおけば高品質の訪問着をリーズナブルに購入することが可能です。
訪問着購入のために その2【ご予算】
どのぐらいのご予算を用意しているかは非常に大事です。それによって行くべきお店も違ってきます。
ご予算によってマッチする訪問着・呉服店は様々
訪問着に200万円でも300万円でも予算を掛けられる方は、有名デパートの呉服売り場で特選の訪問着を購入できることでしょう。ご予算が10万円ぐらいであれば、廉価な商品を売っているチェーン店やインターネットで探して購入される手段が良いかもしれません。一般的な専門呉服店では、絵羽の形で売っている訪問着だと80万円から200万円ぐらいの価格帯だと考えておきましょう。
参考記事:呉服店では怖くて聞けない【訪問着 値段の相場】プロが教えるここだけの話
帯・長襦袢・草履・バッグ・その他 小物を予算に含めるか
訪問着を着用するためには、訪問着単体ではダメで、帯や長襦袢、草履、足袋、バッグ、腰紐や伊達締めなど様々なアイテムが必要です。あなたがどのような品物を持っているかによって用意すべき物が変わりますので、予算も変化します。特に帯は高級な品物も多く、例えば100万円の予算を全て訪問着に掛けるのか、袋帯や長襦袢まで含めて100万円の予算だったとしたら訪問着には50万円ほどしか予算を当てられないかも知れません。どうしても上等な訪問着を購入したい場合は、お手持ちの帯を活用するなどすれば訪問着に予算を集中させることが可能です。
長襦袢も5〜10万円、草履2〜3万円、帯締め2〜3万円、帯揚げ1〜2万円、肌着や伊達締めや腰紐などは1万円程度みておきましょう。それらトータルでのご予算を用意して、配分して行く必要があります。
訪問着購入のために その3【好きな色・柄・顔映り】
訪問着購入で一番楽しい部分が色柄選びです。多くの皆さんは訪問着を購入しようと思われたらまずインターネットで検索したり、着物雑誌を購入してどんな着物があるかを調べてみることでしょう。その際にポイントとなる点をいくつか挙げたいと思います。
好きな色・柄をつかんでおく
ご自分がどのような訪問着の雰囲気が好きか、色・柄を選んでスマホなどで写真に残しておきましょう。そうした資料を見せながら「私はこんな訪問着が好きで、欲しいと思っています」とお伝えになれば、呉服店の販売員もたくさんある商品の中からお薦めしやすくなると思います。
訪問着には想定する年齢がある
これは予備知識として知っておいたらと思いますが、フォーマルな着物を企画製造する場合には、「概ね何歳ぐらいの女性が着る訪問着か」ということを想定しながら色・柄を決めています。20代〜30代女性向けの訪問着だから朱色系のピンクで柄も少し大きめにしよう、40代〜50代向けなので薄い青磁色に小柄な模様をたくさん付けよう、などといった感じです。特に地色(生地全体の色)と柄色(模様の中の配色)は年代を意識して作っていますし、そうした視点を持った一般の人もまだたくさんいますので、そうした意識を心のどこかで少し持っておいてください。
ただ、それぞれの人に似合う似合わない、好み、着用のTPOなどによって、最終的な判断をするのはあなた自身です。また近年は若い人が地味好み、年配の人が派手好みという傾向も昔の呉服屋感覚すればあります。さらに想定年齢が幅広い訪問着などもあるので、あまり思い込みすぎないよう、ご自分の感覚も信じてあげてください。少し地味めの訪問着を買っておいて派手な帯を合わせ、次第に地味な帯を合わせて行けば1枚の訪問着を非常に長くお召しになれます。よく派手な訪問着に地味な帯を締めれば落ち着くという意見もありますが、私の考えでは、着物は面積が大きいので帯を地味したところでそこまで落ち着かないかなと思います。着物を地味め、帯を派手めというのがいろんな意味でバランスが良いでしょう。
訪問着、付け下げをはじめとした準礼装、黒留袖、色留袖、振袖など礼装には制作する段階で想定年齢がありますが、紬やお召し、小紋などカジュアルな着物になるほど想定年齢の縛りはそこまでありません。
訪問着購入のために その4【サイズ(寸法)】
訪問着を購入する場合、着物のサイズを決めなければなりません。これはお手持ちに他の着物があるかどうかによって、準備が変わって来ます。
お手持ちの着物があるケース
手持ちの着物と寸法を合わせる
ご自分の着物を複数枚持っている場合は、その着物にサイズを合わせます。一番の理由は長襦袢との兼ね合いです。着物と長襦袢のサイズが異なっている場合、着物の袖口から本来見えるべきでない長襦袢が見えてしまうこともあります。また女性の着物は袖の振りが開いているため、サイズが合っていない長襦袢を着るとここからも余計に見えてしまうことがあります。
今の寸法で良いのか
お手持ちの着物があったとしても、本当にその寸法で良いのかは検討が必要です。特に譲り受けた着物をそのまま着用している場合なども一度振り返ってみた方が良いかと思います。特に裄の長さでお好みがあれば、訪問着購入に際して、そのままで良いのか考えてみましょう。
「裄=肩幅+袖幅」なのですが、トータルの裄が長襦袢と合っているだけでもダメで、「着物の肩幅=長襦袢の肩幅」、「着物の袖幅-2〜3分=長襦袢の袖幅」となるようにしておきましょう。そうすれば袖口からも振りからも長襦袢が出ることはありません。
ただし、着物と長襦袢のサイズはなるべく一つに統一されている方が管理が楽なので、なるべく一つの寸法にされることをお勧めします。サイズに不満があって、まだお手持ちが1〜2枚程度でしたら、お直しをして統一するのも一つの手段です。
ご判断が難しい場合は着物を着用した時のお写真などを持って、呉服店や和裁専門店と相談するのが良いかと思います。過去にきちんとした呉服店で作ってもらったから間違いないというのは思い込みの場合もありますから着用姿でご判断ください。
寸法表か着物の現物を持っていく
お手持ちの着物の寸法表があれば一番スムーズに仕立てに進めます。
もし無い場合でも、お手持ちの着物の中で一番サイズ感がピッタリの物を呉服店に持っていけば採寸してくれるはずです。ただ、繰越や付け込みなど厳密には採寸でわからない部分もあります。
よく聞くケースとして長襦袢から着物のサイズを算出できないのかという話もありますが、確かに近い数字まで推測することはできるのですが、誤差が出やすいのでやはり訪問着をお作りになるのであれば、着物から採寸をするのがベストです。もし長襦袢も新たに作る場合は、長襦袢の対丈(ついたけ:背縫いの長さ)さえ分かっていれば、その他のサイズは訪問着に合わせて仕立てることができます。
1枚も着物を持っていないケース
1枚も着物を持っていない場合は、呉服店で採寸をしてもらいましょう。もし着物雑誌などを見ていて、裄や袖丈の長さなどサイズ的な好みがあれば伝えても構いません。親切な店であれば、ただ言いなりになるだけではなくお薦めの着こなし寸法なども教えてくれると思います。
基本的にはあなたに合った標準的サイズにしておくのが無難であり、長い目で見て満足の結果となることが多いと言えます。
訪問着購入のために その5【家紋・撥水ガード加工】
訪問着を購入する場合には家紋の有る無しを決める必要があります。またお好みや着用機会によっては撥水ガード加工を頼んでも良いでしょう。
家紋
家紋を入れるということは、着用機会において相手に対して敬意を払い、礼を尽くすことです。また家紋というだけあって、家を代表して参加することになるので非常に大切な印でもあります。
家紋はいくつ入れるべきか
訪問着に家紋を入れる場合は、基本的に1ツ紋といって背中の衿付けからちょっと下の所に付けます。一昔前なら訪問着に3ツ紋を入れる方もいたかもしれませんが、現代ではいないと思います。
むしろ最近では訪問着であっても、紋を入れないということが増えて来ました。結婚式がカジュアル化していることは誰しも感じることですし、そうした世の流れの中で家紋を付けるということが「仰々し過ぎる」という感覚があるためだと思います。昔は着物の着用が当たり前だったために細かなTPOで着物を着分けて、フォーマルからカジュアルまで着こなしていたわけですが、現代では着物を着るというだけでも大仕事であり、購入する時の金額も高い物ですから、一つの着物をなるべく幅広いシーンで着たいというニーズがあると強く感じています。そうなるとフォーマルシーンでは訪問着に1ツ紋が付いていても良いとして、少しドレスダウンしたい場合には紋が入っていると着づらくなってしまうケースもあるようです。
茶道などのお稽古事をしている人には、家紋を入れることが必須だと思います。
抜き紋・縫い紋/日向紋・陰紋を選ぶ
なお、「染め抜き紋(抜き紋)」という白く染め抜いた部分に黒い細線で紋を描く場合と、刺繍で紋を入れる「縫い紋」があります。比べると抜き紋の方が縫い紋よりも格が高くなっています。加えて家紋を面で表現する「日向紋」と、輪郭だけで表現する「陰紋」があって、やはり日向紋の方が格は高くなります。
女紋(おんなもん)
着物の世界では古い考え方ですが「女紋」というものがあります。男性は基本的に定紋(じょうもん)という家に定まった紋を付けるのですが、女性は女系で伝わる紋を付けたり、自分好みの紋を付けることがよく行われて来ました。
例えば剣カタバミという家紋があった場合、図案の中から剣を除いてカタバミとし、女紋とすることもあります。これは剣が武家の象徴であり、女性が付けるにはちょっと強過ぎるという理由からのアレンジです。このあたりは難しいケースもありますので、少し勉強されてからが良いかなと思います。特にご結婚をしている場合などはご主人様と相談したり、ご自分のご実家ともお話されてからお決めになるのが安心です。
撥水ガード加工
訪問着を購入する場合に撥水ガードをするかどうかというのはお好みで決めて構いません。判断基準を箇条書きします。
メリット
・撥水効果で雨など液体汚れが防げる(加工によるが60℃以上では効果なし)
デメリット
・風合いが若干変化する
・生地特性が変わるので、仕立てにも影響がある
撥水加工を施すべきか否か
撥水加工をした方が良いのかどうか。これは正直断言できません。
絹の風合いを残したいと思われる方はしない方が良いでしょう。クリーニングでシミ落としする箇所は増えるかも知れませんが、シミが落とせないわけではないので大丈夫です。
訪問着ではありませんが、手紡ぎの糸を使った本場結城紬や作家さんの織物などは、本当に風合いを楽しむための着物なので撥水ガード加工はしない方が良いでしょう。
茶道をされる方などは水屋で忙しく動いたり、待合などから露地を移動する時などに雨がパラパラと降っていれば少し濡れてしまうかも知れません。とっておきの訪問着を着る機会でもありますから、その意味では汚れないように撥水ガード加工を施しておいても良いかと考えます。本場結城紬や作家さんの織物に比べれば、京友禅で使われる白生地は風合いをそこまで重要視しているわけではありません。どちらかと言うと染めを楽しんでもらうための土台ですから、実用性を重んじて撥水加工をしてしまっても良いかなと思う時もあります。
撥水ガード加工をするべきかどうかはご購入される方の価値観によるところで、私からはメリット・デメリットをお伝えするまでにとどめたいと思います。
まとめ
訪問着を購入する場合には、事前に準備をしておかれると購入もスムーズです。特に初めて購入する方はなるべくたくさん呉服店を回り、雑誌で情報収拾を行い、その上でまた呉服店を回ることを繰り返されたら良いかなと思います。ご自分が得た知識を、販売員にぶつけてみて、それに対する返答をまたご自身に蓄積して行くと、より確固たる見解をご自分の中に作ることができると思います。
インターネット上に書いておいてこんなことを書くのも何ですが、着物に関してインターネットでの情報収拾は9割があてにならないかなと私は思います。知恵袋のようなところでの相談に対して、答えを書き込んでいる人もほとんどが素人の方なので、プロから見ると「呉服屋で言われたことを信じ込んでいるな」などとうかがい知れます。
着物のルールというのは確かに守った方が良いことばかりですが、時代によって柔軟になっている部分もあります。フォーマルな場面ではしっかりとルールを守り、カジュアルな場面ではもっと自由になって良いかと思います。また、何でも一概に言い切れるものではなく、結婚式だって本来は人生の一大イベントで最もフォーマルな訪問着が求められていたと思いますが、近年のカジュアル化を見ればドレスダウンした着物で出た方が良い場合もあるでしょう。
はたまた呉服屋のアドバイスが常に正しいかと言えばそんなこともなく、「5月のお茶事に単衣(ひとえ)で良いか」と聞かれたら呉服屋は「茶道のお席ですから、暦通りに袷(あわせ)をお召しになる方が無難ではないでしょうか」とお答えします。つまり断言できないのです。習っている先生が「5月でも最近は暑いから単衣で構わない」と仰る可能性も十分にあるわけで、たとえプロであっても他者からは一般論しかお伝えできないものと思います。
少し話はそれましたが、基礎的な知識の分母が大きいほど正しい判断ができますし、それを全部身に付けるのは本当に大変なことなので、信頼できるプロの呉服屋を頼りにされたら良いかなと考えます。今回の記事もご参考になれば幸いです。
京ごふく二十八代表。2014年、職人の後継者を作るべく京都で悉皆呉服店として起業。最高の職人たちとオーダーメイドの着物を作っている。
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